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キャディラックの伝統・歴史
「キャディラック エルドラード 1953」


普通の辞書で「El Doradoエル・ドラード」と調べてみてごらんなさい。スペイン語で「金ぱくをさせたもの」とあるでしょう。また,「16世紀の探検家たちに,南アメリカに存在すると考えられた伝説的な富の都市あるいは国」とも言及されているかもしれません。そして,さらには,「伝説の富,富裕,あるいは好機の場所」とも。しかし,エルドラード(一単語)は,行方不明の埋蔵物や想像上の王国より,もっとずっと実態的なものとずっと同意語でした。30年以上も,この名前は,アメリカの最も好ましく,高級なラグジュアリーカーのいくつかを美しく飾ってきました。それは,数百万の人々にとって,唯一のブランドと切り離せずつながれてきました:キャディラックと。

エルドラード伝説を起こしたその車は,1953年にゼネラルモーターズから出た限定版コンバーチブル・トリオのひとつとして現れた。ビューイックのスカイラークとオールズモービル・フィエスタがあとの2つだった。それは,ちょっとした驚きのキャディラックラインへの追加だったけれども,エルドラードは,実際には,1952年のショーカーの際,標準の62シリーズのコンバーチブルを基に,前もって,形で表されていた。予言的な「パノラマの」広角型のフロントガラス−この疑わしい設計装置の最も早い時期の適用の一つ−と,布製のブートの代わりに半面一のメタルカバー。エルドラードは,これらの機能を残したが,GMのチーフデザイナー,ハーリー・アールは,そのおおいを練り直し,そのために,それは,ボディと平らに合った。彼はまた,ちゃめっ気を出して,スカイラークにしたように,V字型の刻み目を,ドアのすぐ後ろ,ベルトラインに入れた。ストックより低いフロントガラスと幅の広いホワイトウォールタイヤをかぶせた標準のクローム・ワイヤスポークホイールを持ったエルドラードは, 1940年の最後のラ・サル以来,キャディラックが提供した最もスポーティーな外観の自動車だった。

GMの歌と踊りの巡回キャンペーンであるモトラマが,1年の中断の後,1953年に復活した。そして,エルドラードは,そのめだまの呼び物のひとつだった。スカイラーク,フィエスタ,ファイバーグラス・ボディで2シートのコルベットと呼ばれたシェビーに加えて,それは,実際に家まで運転して帰ることのできる「夢の自動車」だった。しかし,高くそびえる価格と計画的に制限した製造は,本当の金持ち−そしておそらく本当の有力者−だけが,やっとその見込みがあるのだということを確信させた。

7750ドルは,このごろでは,大したことはないように思えるかもしれないが,1953年では,それは全世界ほどで,そしてそれがエルドラードに付けられた値段だった。この値段と低い生産量−モデルイヤーにほんの532台−が,まじめな販売努力よりもアイデアを試す手段方法だということを暗示した。実際に,エルドラードの主要な使命は,4年間,メジャーなモデルチェンジを行ってこなかったときに,工業デザインのリーダーとしてキャディラックを復興させるために意図された「イメージ」カーとしてあることだったように思える。この車は,こうした領域ではかなりの成功だった。それを買える人たちのために,エルドラードは,キャディラックのアクセサリーの本にあるものは,ほとんど全ての機能を詰め込んだ。そのリストには,デュアル・レンジ・ハイドラマティック・トランスミッション,セイジノー ・パワー・ステアリング(両方とも,前年から),加えてパワー・ウインドーとシート,チューニング機能つきラジオ(他のモデルでは,120ドルの割増料金),自動暖房装置(他では119ドル),フォグランプ,そしてレザー張りカバーが掲載された。キャディラックの画期的事件である331立方インチV-8は,1952年に,以前の2気筒の代わりの4気筒キャブレタの代用のおかげで,30馬力を付け加えられていた。53年のより強まった圧縮が,全モデルの数字を210正味馬力に上げた。2つの注目に値するエルドラードの省略されたものは,「オウトロニック・アイ」というその部門の新しい自動ヘッドライト減光スイッチ(53ドル)と,620ドルのオプションの新人のフリジデール・エアコン,ただし,屋根つきのボディに限られた。

エルドラードは,1954年版から始まって,キャディラックの標準のコンバーチブルにもっとずっと似てきた。ときどき,その独特なリアエンドのシートメタルに対して,たびたび,比較的小さなキャディラックよりもっと劣った馬力に対して,そして,いつも,53年モデルによって確立されたその特別な雰囲気に対して,1966年まで,それは,この傾向で続いていった。しかし,1956-60年の間に,仲間のハードトップからの助けにもかかわらず,年間生産量は,1967年に同じように意義深い前輪駆動のエルドラードが出現するまで,6000台を超えようとしなかった。

1967年以前のどのエルドラードも,今日,ひどく魅力的なコレクターズアイテムである一方,キャディ愛好家は,一般に,53年のもの(と,同様に貴重で独特な1957-60年のエルドラード・ブルーアム)は,その中でも代表的なものだと認める。それは,エレガントで手に入れにくい原型だ。アーサー王の鉱山と同じくらい…あるいは,El Doradoエル・ドラードのように。






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